イエスはどんな人間だったのか③ ユダヤ教とは何か

歴史

前回につづいてユダヤ人・ユダヤ教について取り上げます。

今回はユダヤ教という宗教について。

 

イエス自身の教えはユダヤ教の枠内にとどまっていたと1回目の記事で書きました。

だからイエスの言ったことを理解するうえでも、ユダヤ教を理解することが欠かせません。

そこでユダヤ教の特徴を挙げると、おおきくわけて5つあります。

  1. 唯一ヤハウェのみを神と認めること
  2. 「タナハ」という聖典をもつこと
  3. いろんな掟(律法)があること
  4. 選民思想
  5. メシア(救世主)信仰

今回はこの5つの特徴についてそれぞれ見ていきます。



 

またユダヤ教とはそもそも何かというと、ユダヤ人が信仰する宗教です。

だからユダヤ人の置かれた時代時代の状況によって、当然ながらユダヤ教の内容も変化してきています。

つまり、イエスの生きた1世紀当時のユダヤ教と、現代のユダヤ教にはおおきな違いがあるんです。

 

どこが違うのか?

イエス当時のユダヤ教とはどんな内容だったのか?

この2点についても解説していきます。

とくにパリサイ派、サドカイ派、エッセネ派など、当時のユダヤ教内のいろんな分派について、またそれら分派がイエスとどう関係するかについても書く予定です。

では行きましょー!


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ユダヤ教の特徴① 唯一神ヤハウェ

ユダヤ教はよく「人類最古の一神教」とよばれます。

ユダヤ教以前にも、ゾロアスター教やバラモン教などが成立していましたが、どれも唯一絶対の神をもつものではありませんでした。

この「唯一絶対の神をもつ」というのが、ユダヤ教の最初の特徴になります。

 

唯一絶対の神とは何か

たとえば古代ギリシア神話において、主神といえばゼウスです。

でもギリシア神話にはゼウス以外にもいろんな神々が登場します。

またかれらはとても人間くさい性格で、ゼウスなんか妻のヘラにかくれてしょっちゅう浮気をします。

そしてゼウスの姿もまた人間のようで、鷲を寵愛し、アイギス(英語ではイージス)という武器をもった姿で描かれます。

ゼウスと妻ヘラ

 

ところがユダヤ教(キリスト教やイスラム教でも)における神はただひとりだけです。

主神というのではなくて、他に神をいっさい認めないのです

「わたしのほかに神があってはならない」(モーセの十戒1)

 

またユダヤ教における神は人間らしさが微塵もありません。

人間や自然、世界から超越しています

親しみにくい、近づくことのできない、絶対的な力をもった主人。

これが一神教における神という存在です。

 

そしてだからこそ、一神教においては神の姿を描くことができません

偶像が神の代わりにあがめられることのないようにという意味もありますが、それ以上に、神は絶対的な超越者なので、描くことが不可能だからです。

「あなたは自分のために偶像をつくってはならない」(モーセの十戒2)

 

以上が一神教における神の特徴です。

 

神の名前「YHWH」

このような「唯一絶対の神」という概念をユダヤ人がもつようになったのは、紀元前1000年頃から紀元前500年頃にかけてのことです。

時代でいうと、前回の記事で書いたとおり、ダヴィデ・ソロモン王時代からバビロン捕囚にかけての時期です。

 

そしてこの唯一神に祭り上げられたのが、ヤハウェという名の神です。

もともとはユダヤ人が信仰していた氏神のひとりだったらしいのですが、長い時間をかけて、徐々に唯一神となっていったようです。

 

もっとも「ヤハウェ」と呼ぶのはあくまで現代日本の慣習にすぎません。

ヘブライ語には母音表記がないので、アルファベットで書くと

「YHWH」というのが正式な表記になります。

母音のつけかたによって

「ヤハウェ」と呼んだり、

「エホバ」と呼んだりします。

 

神と預言者の役割

一神教において、神は人間を導く存在です。

ときに厳しく、ときに優しく、絶対的なご主人様として、奴隷であるわたしたちを導きます。(SMじゃないよ)

 

ただ神は世界を超越した存在なので、神の命令や思いを人間に伝える役目が必要です。

それを担うのが、預言者とよばれる人なんです。

モーセ

ユダヤ教において預言者は時代時代でそのつど現れます。

最初はアブラハム

出エジプトをはたしたモーセ

王国の支配層を批判したイザヤ

新バビロニアによるエルサレム神殿破壊を預言したエゼキエル

ほかにも時代ごとにたくさんの預言者が現れ、神の言葉を人々に伝えます。

 

これら預言者たちの言行&ユダヤ人の歴史、

この2つを記した書物が長い時間をかけてまとめられました。

この書物がユダヤ教における「タナハ」、つまり聖書です。

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ユダヤ教の特徴② タナハ(聖書)

キリスト教側からは「旧約聖書」と呼ばれるこの書物。

当然、ユダヤ教徒は「旧約」なんて言いません。ただ「聖書」です。

一般的にはタナハ、またはヘブライ語聖書と呼ばれます。

このタナハの内容を見てみましょう。

 

タナハは律法・預言書・諸書の3つから成る

タナハはおおきく分けて3つの分野の書物群から成り立ちます。

  • トーラ―(律法)
  • ネビイム(預言書)
  • ケトゥビーム(諸書)

それぞれのくわしい書物の内実は下の表にまとめました。

タナハ(ヘブライ語聖書)の内容

 

もっとも、ユダヤ教でいう「トーラ―」とはタナハ全体を指す場合もあり、

またユダヤ教の教え、律法そのものを指す場合もあります。

 

タナハの成立時期

タナハが上の表のような形で成立したのはいつなのか、くわしいことはわかっていません。

ただ紀元前300年ごろよりも前というのはわかっています。

 

というのは、タナハ中の歴史記述でいちばん新しいものがヘレニズム時代(紀元前334年)より前であること。

また七十人訳聖書とよばれるギリシア翻訳のタナハが紀元前250年ごろから作られはじめたためです。

 

ただ、タナハ中の文書ひとつひとつの成立時期がいつなのか、また作者は誰なのかなども、よくわかっていません。

いちばん古いものは統一王朝時代、つまり紀元前1000年ごろのものもあるそうです。

 

タナハの主題

タナハのテーマというか主題は、2つです。

1つはユダヤの民が神とともに歩んだ歴史。

ときどきユダヤ人たちは神に反したりしますが、それでも神ヤハウェはユダヤ人たちを見捨てません。

これがユダヤ教の選民思想につながります。

選民思想についてはのちほど解説します。



もう1つのテーマは、神と交わしたさまざまな掟。

これは預言者の口から語られます。

タナハにはトーラ―部分だけで613もの掟が書かれています。

ユダヤ教ではこうしたさまざまな掟(律法)を守らなければいけません。

「信じる者は救われる」じゃない。

行動を伴わなければいけない宗教。

これがユダヤ教の第3の特徴になるわけです。

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ユダヤ教の特徴③ いろんな掟

たとえばイスラム教徒が豚肉を食べないように、ユダヤ教徒も豚肉を食べません。

これはともに、それぞれの聖典で豚食が禁じられているからです。

ユダヤ教における掟を、いくつか紹介しましょう。

 

厳格な食事規定:カシュルート

タナハ、なかでもレビ記には、食事についての掟がたくさん書かれています。

たとえば蹄が分かれていて反芻する動物以外は食べちゃいけません。

だから牛はOKですが、豚はNGです。

また甲殻類もダメなので、エビ、カニなどは食べません。

 

調理方法もこまかく定められていて、家畜を殺すときは一振りでのどを掻っ切る必要があります。

そして肉と乳を同じ場所で調理したり、いっしょに食したりしてはいけません。

牛肉カレーにラッシーを付けたらダメってことですね。

 

ほかにもいろいろ掟があって、ややこしいです。

こんなややこしい掟をすべて守って作られている食べ物を「カシュルート」といいます。

欧米では「U」とか「V」のマークが付けられています。

厳格なユダヤ教徒はこのカシュルートだけ食べます。

 

ただ現代ではこのカシュルートを廃止している宗派(改革派)もあります。

またユダヤの若者たちの間では、いっそのこと肉食やめちゃえってことで、菜食主義者になる人も増えてるみたいですね。

 

何もしてはならない日:安息日

ユダヤ教における安息日は土曜日です。

この日は祈ったり食事したりする以外、何もしてはいけません。

つまり働いちゃダメなんです。

いまでもエルサレムを観光すると、土曜日にはほとんどの店や交通機関がお休みになります。

 

ただ厳密にいうと、ユダヤ教における1日のはじまりは日没からなので、

金曜の日没~土曜の日没のあいだが安息日にあたります。

エルサレムの路面電車

 

ちなみになぜ安息日があるかというと、創世記の記述に基づいています。

神が6日間で世界をつくり、7日目には休んだからですね。

1週間が7日というのも古代からいろんな文明が取り入れていますが、西欧文明における発祥は、おそらくこのタナハの記述からでしょう。

 

ユダヤ人に包茎はいない?割礼

ユダヤ教では、男の子が生まれると、生後8日目に割礼がおこなわれます

つまりオチンチンの皮を切りとるんですね。

だからユダヤ人に真性包茎の人はほとんどいません。

 

ちなみにイスラム教でも割礼がおこなわれるので、中東の国々にも包茎の男は少ないそうです。

じゃあキリスト教はどうかというと、割礼はあまりおこなわれません。

これはキリスト教成立当時、ヨーロッパや近東にたくさんいたギリシア人とローマ人に、割礼の習慣がなかったからです。

それで異民族に布教しようとしたパウロが「割礼なくてもOK」としたんです。

 

古代ギリシア彫刻をよく見ると、オチンチンが小さく、皮をかぶっているのがわかります。

昔はこれが「理想的な男の体」だったんです。

習慣や美意識は時代と場所によってちがうんですね。

ラオコーン像

 

掟=神との契約

ユダヤ教ではほかにも掟がたくさんあります。

食事前には必ず手を洗うこと。

メズザと呼ばれる羊皮紙を入れた容器を扉のわきに付けること。

過越祭(すぎこしさい、毎年4月半ば)はじめ巡礼祭を祝うこと。

タナハを読み、祈り、研究をつづけること。

 

こうした諸々の掟はすべて、ユダヤ人にとっては、神に選ばれたことに対する義務、神との契約なのです

神「わしゃお前たちユダヤ人を選んだ」

神「でも選ばれたって呆けてたらいかんぞ」

神「わしを怒らすと怖いんじゃ」

神「だからわしの言いつけは守れよ」

こういう論理です。

 

ここに、ユダヤ教第4の特徴である選民思想が現れています。

 

 

ユダヤ教の特徴④ 選民思想

唯一神、聖典、さまざまな掟。

ここまでの特徴はキリスト教にもイスラム教にもみられます。

しかし選民思想のみはユダヤ教に特有のものです。

この選民思想が、ユダヤ教をして、ユダヤ人の民族宗教といわれる所以なんです。

 

ユダヤ教における選民思想

選民思想とは、ある集団が「自分たちは特別」だと確信・信仰することです。

中国の中華思想、中世ヨーロッパの十字軍、近代帝国主義、20世紀前半のレイシズムとファシズム、20世紀後半以降のアメリカによる「自由と民主主義」の押し付けなど、歴史上、選民思想はいたるところで見られます。

 

ただユダヤ教における選民思想ほど長く続いているものはありません。

なんせ2000年以上にわたり、ますます強く継続してるんですから。

この継続は、2つの要素によって支えられています。

 

1つはタナハ(聖書)。

これが選民思想の根拠、つまり論理づけをしてくれる土台になります。

 

もう1つは、ユダヤ人たちの抑圧されてきた長い歴史。

これがユダヤ人の「自分たちは特別」という意識にますます拍車をかけました。


タナハに見られる選民思想の根拠

タナハの中で、ユダヤ人は神に選ばれた民族として描かれます。

彼(神)はアブラム(アブラハムの改名前の名)に言われた、「これから言うことをはっきり憶えておきなさい。君の子孫は外国に寓る者となり、人々は君の子孫をこき使い、四百年の間苦しめる。しかし彼らが仕えるその民をわたしは審く。(中略)そして四代目の者たちがここへ帰って来るだろう。(中略)君の子孫にわたしはこの地を与える、エジプトの大河から大河すなわちユーフラテス河まで」
「創世記」15.13-18

ここでの神の言葉は、ユダヤ人のエジプトでの苦境と、モーセ率いるエジプト脱出、そしてパレスチナの平定を予言しています。

 

なぜかわかりませんが、神ヤハウェは常にユダヤ人を優遇し、

「他の部族を平定しろ、他の民族の上に立て」と指導します。

これがユダヤの選民思想におけるおおきな根拠です。

 

 

ただ人は「選ばれている」というだけでは、勝手気ままに行動します。

神が示した方向に従うような、従順な人間でなければいけません。

そこでタナハには同時に、罪と罰の物語も描かれています。

知恵の実をたべてしまったアダムとエヴァの楽園追放。

弟アベルを殺したカインの放浪。

罪悪感と罰を恐れる心こそ、人間をいちばん従順にさせるからです。

 

こうしてユダヤ人は、「神に選ばれた」という特権意識を保ちつつ、つねに神を畏れ、日々の掟を守って、2000年以上暮らしてきたのです。

 

一時の栄光と長い抑圧が選民思想をつよくした

ユダヤ教の選民思想が2000年以上にわたりつづいた要素、

その2つめは、ユダヤ人の歴史にあります。

 

ユダヤ人(の一部)はエジプトで400年以上奴隷身分でした。

それが自力で脱出して、やがてダヴィデの下パレスチナを平定します。

聖書にあるとおり、他民族を支配した栄光の歴史をもったのです。

なのに、大帝国に滅ぼされ、あげく他国の首都で捕囚の身に落ちぶれました。

解放されてからも、もはやあの栄光を取り戻すことはなかったのです。

(このあたりの歴史は前回の記事を参照)

神に選ばれたという強烈な特権意識をもつ人々が、現実世界では抑圧される側である。

こうした人々の子孫は、より強く、自意識過剰な特権意識をもつようになります。

これがユダヤ人の選民思想を、さらに強化して継続させたのです。

そしてまた、これがユダヤ人の救世主(メシア)待望論を生んだのです。

 

余談ですが、このあたりの心情は『ベルセルク』というマンガを読むとわかりやすいかも。

落ちぶれた人間が特権意識を強める様は、セルピコの母の描写から。

絶望の淵にある人間が超常的な救いを求める様は、グリフィスの転生から、よくわかります。

ジュウゴ一押しのマンガです。三浦先生、どうか体を大事にして連載つづけてくれ!

 

ユダヤ教の特徴⑤ 救世主(メシア)信仰

ユダヤ教最後の特徴は、救世主を待望することです。

いつかわれわれユダヤ人を救う者が現れる、そのときわれわれはこの苦境から脱して、ふたたび栄光を取り戻す。

ユダヤ教におけるこの「メシア信仰」は、キリスト教とはちょっとちがうんです。

 

ユダヤ教における「メシア」とは

ヘブライ語で救世主を「メシア」と言いますが、もともとの「メシア」の意味は「油を注がれた者」です。

これが転じて「理想的な為政者」を意味するようになります。

古代、貴重だったオイルはもっぱら、王侯貴族にだけ塗られたからです。

 

さらに時代がくだると、メシアには「神的な救済者」という意味も加わるようになりました。

これはハスモン朝時代を見てもわかるとおり、ユダヤにおいて政治と宗教は一体だからです。

 

ヘレニズム時代以降、ユダヤ人の歴史には「われこそがメシアだ!」と称して大衆を扇動する者がたくさん現れました。

いわゆる偽メシアと呼ばれる人たちですが、

かれらはみな、ユダヤ人の統一王国を再興できなかったので「偽」と呼ばれるのです。

ユダヤ教におけるメシアとは、宗教的な意味合いだけでなく、現実世界で他国の支配をしりぞけ独立を指導するという政治的な意味もあったのです。

 

「キリスト」は救世主のギリシア語

救世主をギリシア語にすると「キリスト」です

だから「メシア」と「キリスト」は本来おなじ意味なんですが、

イエスの弟子たちが、とくにパウロが、この「救世主」という言葉をユダヤ教の文脈とはちがう意味で使うようになったことで、キリスト教が成立しました。

のちの記事でまたくわしく述べますが、ようするにパウロは「救世主」という言葉から政治的な意味をすっぽり抜いてしまったのです。

 

このパウロの操作によって、キリスト教はユダヤ教という民族宗教から脱し、世界宗教へと発展していきました。
(詳しくは最後の記事参照)

 

イエス自身は自分をどのように思っていたのか

じゃあ、イエス自身は自分のことをどのように捉えていたのか?

救世主だと自認していたのか?

いたとしたらどっちの意味で?

 

またイエスの同時代人たちはイエスのことをどう思っていたのか?

パリサイ派は、サドカイ派は、エッセネ派は、そして民衆は?

 

長くなったので、こうした疑問は8回目の記事で解説します。

 

とりあえず、ユダヤ教におけるメシアとは、

政治的な意味でも宗教的な意味でもユダヤ人を救う存在だとおぼえてください。

近い例をあげれば、イスラム教の宗教指導者みたいな感じです。

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まとめ

ここまでの内容を章ごとにまとめます。

  • 唯一絶対の神「YHWH」が預言者をつうじて人を導く
  • 聖典「タナハ」にはユダヤ人の歴史と神との契約内容が載る
  • 掟の遵守という行動をともなった宗教
  • 苦難の歴史がユダヤの選民思想を強化した
  • メシアとは政教一体の救世主、キリスト教における文脈とはちがう

以上がユダヤ教のおおまかな特徴になります。

 

長い記事になっちゃいました。

イエス誕生時のユダヤ教については、次回の記事で書きますね。

そして次回の記事からいよいよ、人間イエスそのものにも迫っていきます。

乞うご期待!

イエスはどんな人間だったのか④ イエス誕生