産業革命について6回目の記事になります。
[この連載の記事一覧]
今回から、産業革命によって何が変わったのか?その変化と影響をぜんぶ見ていきます。
つまり「産業革命の意味・意義」を解説します。
主な変化はぜんぶで15こあります。けっこう多いですね。
ってことで、3回にわけて、「社会」「生活」「政治・経済」という3つのカテゴリーごとに、それぞれ5つずつ変化を挙げていきます。
1回目は「社会の変化」について。
ただそれぞれの変化はどれも、ほかの変化と密接に関わっています。読者の方はこの関連に注意しながら読みすすめてください。
社会の変化
18世紀後半からはじまった産業革命は、イギリスの社会をおおきく変えました。
また19世紀以降、欧米諸国に産業革命がひろまると、欧米の社会や、ひいては世界中にも影響を与えていきます。
主だった変化・影響を5つ見ていきましょう。
製品の増加
産業革命の本質は、機械による大量生産でした。
つまり綿製品、家具、食器など、安い製品が大量につくられるようになったのです。
これが産業革命による第1の影響、大量生産社会の到来です。
これを消費したのは、はじめは主に欧米の金持ちや、植民地の金持ちたちでした。
しかしやがて労働者の賃金が上昇し、購買力をもつようになると、労働者自身が消費者ともなっていきます。
こうしてついに20世紀初頭には、アメリカを皮切りに、大量生産・大量消費社会が誕生するのです。
この意味で、現代の大衆社会の原型をつくったのが産業革命といえるでしょう。
都市化
蒸気機関が改良され、いろんな機械に利用されていったことで、熟練した職人じゃなくても製品をつくることが可能になりました。それも大量に。
すると工場にはたくさんの人手が必要になります。
こうしてマンチェスターやリヴァプールといった工場の多い都市に、人が集まるようになりました。
つまり都市化の進展です。
17世紀末のイギリスでは、人口の4分の3が農村に住んでいました。
しかし19世紀末にはこの数字が逆転します。都市に人口の4分の3が住むようになったのです。
こうした「都市化」は世界中に広まり、そして現代でも進行しています。
これもまた産業革命の影響のひとつなんですね。
農村の共同体の崩壊
都市化と同時に、農村からは徐々に人がいなくなっていきました。
そして農村にかつてあった地域社会、つまり共同体はすこしずつ姿を消していったのです。
これもまた、現代日本でも起こり、いまなお進行中(というかすでに完了した?)の現象です。
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ただこの「農村共同体の消滅」を悲観的にとらえて、「昔の田舎は牧歌的でよかった」などと嘆く風潮がいまでもありますね。
田舎生まれのジュウゴに言わせれば、昔の田舎がよかったなんて、幻想にすぎません。
名探偵シャーロック=ホームズもこう語っています。
「いいか、ワトソン」ホームズは言った。
「僕のように、何でも自分の興味ある事に関連付けて見る癖がある人間にとって、これは呪いだ。君はこのまばらな家を見て、その美しさに感銘を受けた。僕がこれらの家を見て思い浮かぶことと言えば、家が孤立しているということと、そこで犯罪が起きても摘発されないということだけだ」
「何を言う!」私は叫んだ。「誰がこの見事な古い屋敷から犯罪を連想する?」
「いつもはっきりした恐怖でいっぱいになるよ。ワトソン、これは僕の経験則だ。ロンドンの最も低級でいやらしい路地でさえ、大らかで美しい田舎以上に恐ろしい犯罪は発生してこなかった」
*コナン=ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』中の短編「ぶな屋敷」より
*こちらのサイト(コンプリート・シャーロック・ホームズ)から引用させていただきました。ホームズ物がぜんぶ無料で読めるというすばらしいサイト!
スラムの発生
農村から都市に大量の人が移住したことで、ホームズの言う「最も低級でいやらしい路地」、つまりスラムが生まれました。
スラムとは都市の貧民街のことで、産業革命と同時に発生し、いまも増えつづけています。21世紀の現在、世界中で約10億人がスラムに住んでいるとのこと(wikipediaより)。
スラムがなぜ生まれるかというと、仕事を求めて都市に出たものの職にありつけなかった失業者たちが、駅や港の周辺に集まるからです。
ホームズの言葉からわかるとおり、スラムでは、たとえ田舎よりちいさな犯罪だとしても、多くの犯罪が起きます。
また貧しい人が多いため、衛生状態も悪く、疫病の発生地となります。
そのため19世紀のイギリス社会では、スラム問題の解決が喫緊の課題でした。
この解決策のひとつが、オーストラリアやニュージーランドへの島流しだったんです。だからこの2つの国は、イギリスの犯罪者と貧困者が作った国です。ひいては産業革命の影響によって生まれた国ともいえるでしょう。
大量の移民
田舎から都市への人の移動。
これは国をこえても起こりました。つまり大量の移民の発生です。
特に19世紀においては、アイルランドからロンドンとアメリカへ、たくさんの人が海を渡りました。
イギリス本土やヨーロッパ、アメリカで産業革命が進んでいるとき、アイルランドは取り残された形でした。
あいかわらず農村でジャガイモを育て、食べていたんです。
ただジャガイモというのは数年に一度、疫病が発生して、大不作となります。アイルランドの人たちにしたら、食べ物がない、生きていけないという状況です。
そんな年に、アイルランドから大量の移民がイギリスやアメリカの都市へと流れたんです。ヨーロッパ大陸へ渡った者もいました。
こうして19世紀の欧米はさらなる労働力を確保しました。
アイルランド移民は合計8000万人以上にのぼるといわれています。
ちなみにアメリカに渡ったアイルランド移民の子孫のひとりが、第35代大統領ジョン・F・ケネディですね。
だから産業革命がなければ、それにともなう都市化がなければ、ケネディ大統領も誕生しなかったことになります。
まとめ
産業革命が製品の増加・大量生産社会をもたらした。これがやがて20世紀以降の大量生産・大量消費社会につながる。
産業革命によって都市化が進展した。やがて21世紀には世界中の都市に人が集まるようになる。
逆に農村の共同体社会は崩壊した。
都市に人が集まることでスラムが発生。イギリスはこの解決策としてオーストラリアとニュージーランドへ犯罪者と貧困者を島流しにした。
アイルランドからも欧米の都市へ大量の移民が流れこんだ。ジョン・F・ケネディの先祖もこのひとり。
以上の5つが産業革命による社会の変化、社会への影響です。
そして歴史上、産業革命が重要であることの社会的な意味でもあります。
次回は「生活の変化」を5つ見ていきます。
→産業革命によって何が変わったのか?生活への影響を5つ挙げてみる
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かっこええやん