重悟のブログ

歴史・科学・教育のオモしろくてタメになる話。

日記

『あまちゃん』から考察する田舎① 近所付き合いが消えた理由

投稿日:2018年4月9日 更新日:

片田舎からこんにちは、ジュウゴです。

ひさしぶりに『あまちゃん』(2013年NHK朝の連続ドラマ小説)を観返してます。

やっぱ宮藤官九郎ドラマ、最高!

 

んで観つづけているうちに、ふと、2つの疑問が浮かびました。

「田舎の人間も近所付き合いしてないな、そういやうちの両親も最近ぜんぜん…」。

「夏ばっぱは地元を『袖ケ浜』と言うのに、春子とアキは『北三陸』って言うぞ」。

この2つ。なんでだろ?

 

そこでいろいろ調べてみたら、戦後の田舎の激変が見えてきたんです。

「田舎は人口が減った」なんてことだけじゃなくて、もっと根深いやつが。

具体的にわかったこと↓

  • 田舎から近所付き合いが消えた時期は2段階ある。理由もそれぞれ3つずつくらいある。
  • 地元、つまり帰属意識の対象は、戦後に「集落」から「行政区」に広がった。

ちょっと驚きました。

自分の住んでる田舎にこんな変化が起きてたとは。

でもそう考えると、いろいろつじつまが合うことがあります。

祖父と親父と自分とでは、近所付き合いのスタンスが全部ちがうなって。

祖父にとっての地元は「旧町名」だけど、親父や自分にとっての地元は「市」または「山陰」だって。

 

この近所付き合いの消滅と、地元の拡大。

こうした2つの変化はそのまま、「地域コミュニティの消滅」につながります。

つまり、もはや田舎の人間にとっても、「地域」は強い帰属先じゃなくなったんです。

くわえて、バブル崩壊以降は「職場」に対しても帰属意識を持てなくなりました。

だからすべての日本人にとって、いま残されている強い帰属先は「家族」だけなんです。

 

これが現代に生きる人々の不安の元なんじゃないでしょうか。

趣味仲間の希求、SNSの流行、中高生の結婚願望、社会貢献活動に参加する人の増加、ナショナリズムの高まり…。

みんな、誰かとつながりたい、ひとつでもたくさんのものに帰属していたいんじゃないか。

こうした現代日本人の帰属意識についても、予想できるわけです。

 

ってことで、これから3回にわけて、田舎から見る現代日本を『あまちゃん』を通して考察します。

いつ、なぜ、どのようにして、田舎から近所付き合いは消えたのか?

「地元」拡大の原因とは?その結果として地域帰属意識はどうなったのか?

そして現代人はなぜ趣味仲間を求め、SNSを日々チェックするのか?

こうした疑問に答えていきます。

 

1回目の今回は近所付き合いの消滅について。

数々のデータをもとに、解き明かします。

…『あまちゃん』の面白さや能年玲奈(のん)の笑顔とはかけ離れた、お堅い内容になりそうです…。

ただ田舎出身の人、田舎に住んでる人、社会学に関心のある人には、興味深い記事になってるはずです。

あ、「『あまちゃん』まだ観てない」って人はネタバレになるから、観てから読んでね!


スポンサーリンク

いつから、なぜ、近所付き合いは消えたのか

『あまちゃん』では、2008年から物語がスタートします。

東京からやってきた天野春子と天野アキを迎えるのは、北三陸というド田舎の大人たち。

夏ばっぱ(天野夏)はじめ海女クラブの人たちや、北鉄の大吉や観光協会の菅原さん、それにユイちゃんとその家族などです。

かれらはみんな、近所付き合いをしていません。

すくなくとも作中では一度も近所付き合いのシーンが出てこないのです。

これ、2008年時点の田舎の現状を忠実に再現してると思います。

 

近所付き合いの消滅は2段階にわけて

1950年代まで、田舎における近所付き合いは濃厚でした。

互いの家にしょっちゅう出入りしたり、おすそ分けしたり、近所はみな顔見知りだったり。

いわゆる『サザエさん』や『三丁目の夕日』の世界ですね。

 

それが、高度成長期以降、徐々に田舎での近所付き合いが減少します。

そして1997年から2004年にかけて、さらにグッと減少するんです。

それがわかるグラフが、これ↓

厚生労働白書(18)より

 

つまり、田舎における近所付き合いの減少は2段階で考えられるんです。

1段階目:1960~1990年代にかけてのゆるやかな減少。

2段階目:1990~2000年代にかけての急激な減少。

いったいなにが原因なのか?


1段階目の理由:所得・産業形態・人口

まず考えられるのが、各家庭の所得の増加。

高度経済成長によって生活に困らなくなったんで、近所同士助け合わなくても生きていけるようになったんですね。

世帯ごとの経済的自立が進んだってやつ。

 

それから、日本の中心産業が農林漁業から製造業・サービス業へ移ったこと

つまり近所同士で仕事も一緒って状況がなくなったから、しぜんと近所付き合いも減ったと考えられます。

昔は袖ケ浜の女はみんな海女さんやってたけど、いまは有志がそれぞれちがう住所から集まってって感じだしね。

 

そして3つめの理由は、田舎の人口減少

下の表を見てもらうと、1960年代と1990年代以降の2段階で、田舎は人口減少しているのがわかります。

都道府県別の人口推移
(wikipedia「過去の都道府県の人口一覧」を元に作成)
*赤は前期増、青は前期減を表す。

最初の人口減少は、第1次ベビーブームが終わったから。

次の人口減少は、第2次ベビーブームが終わって、第3次がいまだに来ないからと推測できます。

ついでに田舎の人口減少には「都市への人口流出」って要素も常に加わります。

 

人が少なくなると町内会も活気づかないし、わが子が「近所の子と遊ぶ」っていう状況も生まれません。

おのずと近所付き合いも減っていくわけです。

この田舎における人口減少は、1990年代~2000年代の急激な近所付き合い減の理由にもつながります。


2段階目の理由①:コンビニ

1960年代から1990年代前半にかけては、近所付き合いはゆるやかに減っていました。

つまり、以前ほど濃厚な付き合いじゃないけど、それなりに付き合ってた。

それが1990年代後半以降、一気に付き合いがなくなります。

もはや田舎であっても、「隣は何をする人ぞ」って状況。

これだけの急激な変化には、上で挙げた人口減少以外にも、いくつか理由があります。

 

まずコンビニの増加

1990年代から2000年代前半にかけて、コンビニが急速に普及したんです。

コンビニ店舗数の推移
(© HighCharts FreQuentより)

特にローソンはいちはやく田舎にも出店していて、1997年に47都道府県を制覇してます。

1990年以降の制覇までの道のり(初出店の年)をならべるとこんな感じ↓

  • 1992年:山口
  • 1993年:栃木
  • 1995年:山形
  • 1996年:島根、鳥取
  • 1997年:青森、秋田、高知、沖縄

さすが街のホットステーション!

ついでにジュウゴの家族の話をすると、うちの実家は山陰なんですが、1996年にはじめてローソンができたとき母親が「ついに全国区のコンビニが来た!からあげくん!」と騒いで開店初日の朝から並んでました。それまで山陰のコンビニといえばポプラだけだったんです。

 

コンビニがあったら、調味料が切れたって「隣の家から貸してもらう」必要はありません。

ひとり暮らしの老人も、近所の親切な奥さんから昨日の晩飯の残りをいただいて「いつも悪いね」と言う必要がありません。

それで、近所付き合いは一気に減少したんだと思います。


2段階目の理由②:共働きの増加

1990年代後半~2000年代の近所付き合いの消滅、その2番目の理由は、共働き世帯の増加です。

1980年以前は、片働き世帯、つまり夫だけ仕事に出て妻は家にいるという家庭が大多数でした。

それが1980年以降、徐々に両者の数が近づき、1997年にはついに共働き世帯が片働き世帯を逆転したんです。

共働き世帯・片働き世帯の推移
(国土交通白書2013より)

 

近所付き合いって、たいてい主婦が中心です。

その主婦が昼間、家にいなかったら、近所付き合いが激減するのも道理ってわけです。

 

加えて言うなら、核家族化が進行したことも近所付き合い減少の要因でしょう。

たとえ共働き世帯でも、おじいちゃん・おばあちゃんが家にいたら近所同士の交流もありそうですが、核家族の場合は「昼間の家は無人」になるからです。


2段階目の理由③:あいついだ児童殺傷事件

近所付き合い消滅の最後の理由は、あいついだ児童殺傷事件です。

 

1997年、酒鬼薔薇聖斗事件。

当時14歳の少年が複数の小学生を襲い、2名死亡、3名重軽傷。

切断された被害者の頭部が「声明文」とともに校門に置かれた。

 

2001年、付属池田小事件。

男が小学校に侵入して児童を襲い、8名死亡、15名重軽傷。

犯人は宅間守(当時37歳)、凶器は出刃包丁だった。

 

この2つの事件は連日ニュースで大々的に取り上げられました。

そしてこれらの事件後、とくに付属池田小事件の後、子どもの安全対策を重視する風潮が強まりました。

学校警備の強化、防犯ブザーの普及、「知らない人と話さない」教えなどです。

もともと近所付き合いが減っていたなかで、こうした風潮により、「地域の他人同士が仲良くする」という状況は完全に消滅したのです。

 

こうして、日本の田舎の近所付き合いは無くなりました。

『あまちゃん』を見返しても、高校生のアキに声をかけるのは顔見知りの大人だけだもんね。

顔見知りじゃなかったら、副駅長や勉さんなんて、ただの不審者だもんね。

吉田副駅長と、琥珀掘りの勉さん

 

 

まとめ

○田舎の近所付き合いが減少した時期は2つ。

  1. 1960~1990年代のゆるやかな減少
  2. 1990~2000年代の急激な減少

 

○1段階目の、ゆるやかな減少の理由は主に3つ。

  • 高度経済成長による所得の増加によって、世帯ごとの経済的自立が進んだ
  • 産業形態の変化によって、近所同士での共同作業がなくなった
  • 第1次ベビーブームの終了と、都市への流出による、人口減少

 

○2段階目の、急激な減少の理由も主に3つ +α。

  • コンビニの普及によって、近隣での相互扶助が必要なくなった
  • 共働き世帯の増加と、核家族化によって、昼間は無人の家が多くなった
  • あいついだ児童殺傷事件によって、地域の他人は警戒すべき対象となった
  • +第2次ベビーブームの終了と、都市への流出による、人口減少

 

さて、つづいては戦後日本の「地元」が拡大したことを見ていきます。

つまり、帰属対象である地域が「集落」から「行政区」に広がった、その時期と理由を考察します。

なぜ夏ばっぱは地元を「袖ケ浜」というのに、春子とアキは「北三陸」というようになったのか?

そこには「昭和の大合併」や、大吉の嫌う「モータリゼーション」が関係していました。

『あまちゃん』から考察する田舎② 地元は「集落」から「市」へ







-日記
-, ,


comment

メールアドレスが公開されることはありません。

関連記事

『あまちゃん』から考察する田舎② 地元は「集落」から「市」へ

前回につづき、戦後日本の田舎の激変について、『あまちゃん』を通した考察です。 今回は戦後の田舎で、地域帰属意識の対象が拡大したことを見ていきます。   いきなり難しいことばを出してしまったん …

日本会議会長・田久保忠衛の記者会見の言葉をひろってみた。

こんにちは、ジュウゴです。 今回は日本会議会長・田久保忠衛(たくぼただえ)氏の記者会見をYouTubeで見たので、そこから心にひっかかった言葉をひろってみます。 また田久保氏が提案する「これからの日本 …

初心者がアドセンス申請に苦労したけど、たった1日で承認されるまで②

前回の記事のつづきです。 今回はじっさいにジュウゴが「google アドセンスに申請してから承認されるまで」の流れを解説します。 アドセンス申請の方法はいろんなサイトで解説してあるんですが、ブログ初心 …

『あまちゃん』から考察する田舎④ 現代日本人の帰属意識その2

前回につづき、『あまちゃん』からうかがえる現代日本人の帰属意識について。 いちおう前回の内容をまとめると、 1回目・2回目の記事で書いた計10コの理由によって、地域コミュニティは消滅。その結果、いま田 …

「これからの日本」について、日本会議や安倍政権とは別の選択肢

前回の記事(日本会議会長・田久保忠衛の記者会見の言葉をひろってみた。)のつづきです。 アメリカとの同盟を強化し、日本そのものも強化し、中国の脅威に対抗しようとしている日本会議と安倍政権。 そのために、 …

カテゴリー



スポンサーリンク


管理人の重悟(ジュウゴ)です。
30代、ライター兼ブロガー。

西洋史専攻の知識と民間教育経験を基に、
歴史と教育について書いていきます。

科学と数学についてはヘタの横好き。
ラーメンも大好き。
彼女いわく「ちょっと変態」。

重悟という人間がわかる記事はこちら