フェミニズムという現代思想を外側からながめるこの連載。
2回目は男性上位社会が生まれた理由を考察します。
【連載記事一覧】
フェミニズムは男性上位社会を攻撃しますが、そもそもなぜ人間社会のほとんどが男性上位なのか、冷静に真剣に考えた書物は少ないようです。
知ってるかぎりボーヴォワールくらいだもの。『第二の性』、フェミニストはみんな読んだのかいな?実存主義的アプローチが強いけど、本当に頭のいい人ってこういう人のことをいうと思う。
アジアでも、ヨーロッパでも、アフリカでも、オセアニアでも、南北アメリカでも、われわれの社会は有史以来ずっと男性上位であり、21世紀の現代においても程度が弱められつつそれが続いています。
これはなぜか?
前回の記事で書いたとおり、農耕・牧畜のはじまりが原因です。
以下、くわしく解説していきます。
男のほうの生産量が上になる
有史以前の狩猟・採集時代に、男女の関係がどのようなものだったのかはわかりません。
しかし農耕・牧畜がはじまったことで、人間は大きな変化を15コ経験します。
これらすべてが、男性上位社会をつくっていくことになるのです。
順に見ていきましょー。
1.定住するようになった
いまから約1万年前(紀元前8000年ごろ)、西アジアで麦の栽培と家畜の飼育がはじまりました。
これが農耕・牧畜の開始です。
この新しい食料獲得方法はしだいに世界中に広まり、中国では紀元前6000年ごろ、アメリカ大陸でも同じころ、日本でも紀元前1000年ごろから農耕・牧畜が行われるようになりました。
(以前の定説では弥生時代は紀元前500年ごろからでしたが、2003年の発見で覆りました。そろそろ教科書も書き換わるでしょう)
農耕牧畜では、種をまいて、ヒツジや豚や牛を飼ってれば食べ物が得られます。
なので、食べ物を求めて毎日のように移動する必要がありません。
こうして人間は一か所に定住するようになりました。
田畑のまわりに住居をこしらえて、数十人~数百人が集まって暮らす「集落」の誕生です。
2.女が多産になった
移動がメインの生活のときには、子供という存在は正直いって邪魔です。
言うことをきいて一人で歩いてついてこれるようになるまで、約5年の子育てが必要だからです。
よって狩猟・採集時代の子供の数はそんなに多くありませんでした。
この状況が定住することで変わります。
何人産んでもOKになったんです。
女は平均寿命約30年というその生涯のなかで、5年もスパンを空けることなく、次々に子供を産むようになりました。
その結果、女の生涯の後半ほとんどは出産と育児で占められるようになったのです。
参考論文:ジョン・R・ウィルモス(石井太訳)「人類の寿命伸長:過去・現在・未来」
3.男の仕事が農作業になった
また、食料を得る方法が農耕・牧畜に変わったことで、男の仕事は狩りから農作業に変わりました。
つまり田んぼを耕したり、害虫を駆除したり、稲刈りしたり。
またヒツジや豚や牛の世話をしたり、殺して解体したり。
鳥や獣をおいかけていた時代から、男の役割が変化したのです。
これはなぜかというと、2.の結果として女の手が空かなくなったこと、そして男のほうが筋力が強いからです。
危険で力のいる仕事ほど男に任せられるというのは古今東西かわりません。
こんなデータもあります↓
この表と、現在でも大型機械や草刈り機を扱うのは男が多いという事実を照らし合わせてみれば、農耕・牧畜の主担当は男だったということがわかるでしょう。
4.男女間の生産量に差がついた
以上1.2.3.の結果、女は子供にかかりきりになり、貝や果物を採集する時間が以前より減りました。
また男の仕事が不安定な狩りから農耕・牧畜に変わったことで、男は狩猟時代よりもはるかに多くの食べ物をもたらす存在となりました。
つまり「どっちがより多く食べ物を稼いでくるか」という点で、男が圧倒的に上になったのです。
これが、男性上位の第1の要因です。
稼ぐほうが偉い、というのも古今東西かわらない人間の心理ですもんね。
政治が男の役割になる
ここまでは、数十人~数百人規模の集落の話です。
つまり農耕・牧畜がはじまった初期の段階。
このあと人類は徐々に集団構成員を増やし、やがて「社会」をつくっていきます。
5.人数が増えて社会が生まれた
初期の農耕は雨水だよりで、収穫も少なく、土地もすぐ枯れていました。
よっていちど収穫したら新しい土地に移って開墾して、をくりかえしてたんです。
ところが紀元前6000年ごろ、メソポタミアで灌漑(かんがい)農業がはじまります。
人工的に田畑に水を引くことで、収穫は増え、また同じ土地で何度も生産できるようになりました。
この結果、人間は何年も同じ場所に定住できるようになり、また集落は数千人規模にまで拡大しました。
「社会」の誕生です。
(日本史では「クニ」)
6.政治という役割が生まれた
人間の集団が数千人規模になると、どうしてもみんなをまとめる専門職が必要になります。
具体的には、
- 収穫した食べ物を不平・不満なく分け与えること(富の再分配)
- みんなの命や集団の安全を守ること(生命・治安維持)
という2つを、誰かが専門で果たす必要がでてきます。
こうして「政治」という仕事が生まれました。
ただ、政治をおこなう人にはみなが従わなければ社会はうまくいきません。
だから同時に、「統治者と一般人」「支配者と被支配者」という身分の差も生まれました。
7.政治は男が担うようになった
ところで、麦や米をつくるのは誰か?男がメインです。
また自然災害や他集団の攻撃から命をかけてみんなを守るのは誰か?男がメインです。
こうして、政治は男が担当するようになりました。
だって当事者じゃないと実際のところがよくわからないから。
これが、男性上位の第2の要因です。
ちなみに邪馬台国の王に卑弥呼が即位したのも、もともと男の王様が続いたときに社会が乱れたんで、「あの高齢で独身の卑弥呼さまなら問題とかおこらないだろう」ってんで祭り上げられたのが理由のようです。実際、女王になってから卑弥呼がやってたのは呪術や祭祀とかで、実際の政治は彼女の弟が行っていました。
家父長制となる
為政者、つまり支配する側になった人間が考えることはまず、この社会をうまくやりくりするための組織化です。
そこで社会の最小単位である「家」も、社会という組織の一部に組み込まれていきました。
8.男メインで登録名簿が作られた
「富の再分配」と「生命・治安の維持」を行うためには、社会の構成員に3つの義務を課さねばなりません。
- 納税(収穫の何%かを納める)
- 労役(いわゆる公共工事)
- 軍役(他の社会との戦争)
これら3つを果たすのは男です。
で、政治をする男たちは「この社会に男は何人いるか」と調べるようになりました。
正確な人数を知らないと、税収も公共事業も戦争もうまくいかないからです。
こうして構成員の登録名簿が男メインで作成されていきました。
古代ギリシアにおける「デーモス」、東アジアにおける「戸籍」などです。
9.女子供は男に属するものとされた
ところで、この社会の構成員は男だけじゃありません。
女も子供も存在しています。
ただかれらは納税・労役・軍役の主担当じゃありません。
そこで行政上、女と子供は成人男性に属するものとされました。
つまり政治の観点からいえば、社会的義務を果たせるのは成人男性だから男の人数さえわかればいい。女・子供はそのついで、とされたのです。
こうして、家の代表者・責任者は男となりました。
デーモスの区民総会に出かけていく者、戸籍上で戸主とされる者は男がメインとなったのです。
10.家でも男が権力をふるいだした
このころ、世界各地の各社会では、戦利品である奴隷も家にいるというのが当たり前になっていきました。
奴隷の主人は、戦争で実際に勝利した男です。
彼は奴隷を支配し、衣食住の面倒をみてやります。これは「人より優れたい、人の上に立ちたい」という男の自尊心を満足させるものでした。
ふとかたわらをみると、奴隷より労働力の劣る女・子供という存在がいます。
かれらもまた、制度上、自分に属するものです。
こうして男は女・子供にも支配権をおよぼし、奴隷もひっくるめて家全員の統率者となったのです。
つまり、父(ラテン語で「パテル pater」)というのは家の中で
- 貴族(パトリキ patricii)であり
- 保護者(パトロン patron)であり
- 模範(パターン pattern)
となっていきました。
家父長制(patriarchy)の誕生です。
「家の主人は男で、財産も男のもの」という家父長制が、やがて慣習法として制度化されていったこと。
これが男性上位の第3の要因です。
「女らしさ」が生まれる
このような社会と制度のなかで、女はどうしていったのか。
次に女の立場から男女関係をながめてみましょう。
11.女は男を立てるようになった
社会だけでなく家庭内でも男が権力をふるうようになると、女はたいてい我慢し、ときに反抗し、やがて男を立てるようになりました。
なぜなら女は自ら生産する手段がないから、そして男が「人の上に立ちたい生き物」だと知っているからです。
結果、家庭内での上下関係がはっきりし、男はますます自尊心を満足させました。
(もちろん例外はたくさんありました。クサンティッペとか)
ちなみに、こうした上下関係が「男」「女」という漢字の成り立ちにも表れています。
「男」という漢字は、田んぼを耕す力から。
「女」という漢字は、ひざまずいて両手を前に差し出した人の形からきています。
12.女は「女らしさ」を求めた
では、女はこういう状況のなかで自尊心をどう満足させたらいいのか?
男に支配されるなか、逆に男を支配するためにはどうしたらいいのか?
性欲を利用するんです。
つまり「わたしを抱きたいなら、わたしの言うことを聞いて」という方法。
こうして女は常に男から抱かれたいと思われるよう、「女らしさ」を求めるようになりました。
【詳しくは以下の記事】
イエスはどんな人間だったのか⑤ 洗礼者ヨハネのもとへ
13.男は「女らしさ」に支配された
ここでいう「女らしさ」とは、男にとって理想の女性像のことです。
時代や場所によって違いはありますが、たいていそれは体毛のないスベスベの肌で、髪が美しくて、優しく男を立てつつ、ときどき猫のように妖艶なイメージでした。
(たとえば脱毛の歴史は紀元前4000年ごろまでさかのぼれます)
女はみずからこうした理想の女性像を演じることで、男を欲情させ、男を裏から支配することに成功していきます。
こうして複雑な関係が成立しました。
社会でも家庭でも、表向き上位の男。
その男を裏から操る女。
この関係が男にとってそう悪くなく、女にとっても制約内では最善の策だったこと。
これが(表向き)男性上位の第4の要因です。
男性優位神話がつくられる
ここまでの論理はすべて、ごく一般化した話です。
個人差というのは性差よりも大きいので、以上の論理からはみ出す個人も数限りなくいたでしょう。
ただ、人間社会が安定し「文明」「国家」と呼ばれる規模で長期間続くようになると、こうした逸脱は為政者にとって安定をおびやかすものとなります。
そこで、人々を一定の型に押しこめるための「神話」が生まれました。
14.神話が男性上位を強調した
- 祖母ティアマトを殺し、その死体をばらばらにきざんで天地を創りあげたマルドゥク神。
(バビロニア神話) - 天の火を盗んだプロメテウスを罰するため、女を造って贈った最高神ゼウス。そして贈り物の女であり、うっかり禍の箱を開けてしまったパンドラ。
(ギリシア神話) - 「あなにやしえをとこを」と女神イザナミが先に誘ったら手足のない子供(ヒルコ)が生まれたため、「あなにやしえをとめを」と男神イザナギから誘ったら立派な子供が生まれたこと。
(古事記) - アダムの肋骨から生まれ、知恵の実を盗んだイヴ……。
(旧約聖書)
世界各地で、こうした神話が形成されていきました。
その含意するところは、この世界を統治するのは男であり、女は男の付属物であり、女が主導権をとったらロクなことにならないから社会でも家庭内でも男が主導権をとるべきだということです。
15.宗教・道徳に引き継がれた
以上の神話の内容が宗教・道徳となって、人々を一定の型にはめていきました。
- 「君(女)は夫を渇望し、しかも彼は君の支配者だ」
(旧約聖書) - 「(女は)いまだ嫁せずして父に従い,すでに嫁して夫に従い,夫死して子に従う」
(儀礼、礼記) - 「秩序と光と男を創造した善の原理と、混沌と闇と女を創造した悪の原理とがある」
(ピタゴラス) - 「男を堕落させるのは女の天性である。ゆえに賢者は女に心を許してはならぬ」
(マヌ法典) - 「糞尿に満ちたこの女がそもそも何ものなのだろう。わたくし(釈迦)はそれに足でさえも触れたくないのだ」
(スッタニパータ) - 「男は女の擁護者である。それはアッラーが、一方を他よりも強くなされ、かれらが自分の財産から経費を出すためである。それで貞節な女は従順に、アッラーの守護の下に不在中を守る。あなたがたが、不忠実、不行跡の心配のある女たちには諭し、それでもだめならこれを臥所に置き去りにし、それでも効きめがなければこれを打て」
(クルアーン)
こうした神話・宗教・道徳による価値観。
これが男性上位の第5の要因です。
[関連記事]
世界三大宗教の本質を簡単にまとめてみた
まとめ
農耕・牧畜がはじまったことで
- 男の生産力が上になった
- 政治が男の役割になった
- 家父長制となった
- 「女らしさ」が生まれた
- 男性優位の神話・宗教・道徳が生まれた
以上の要因により、人間社会は世界中いたるところで男性上位となったのです。
もちろん例外はありました。
古代の黒海周辺にいたといわれるアマゾン、中世アフリカのベデシア族、現代中国のモソ族など、女性上位社会も歴史上いくつか存在してきました。
ただそれはごく少数の例。有史以来、人間のつくる社会のほとんどが男性上位であったことに変わりはありません。
しかし、その状況がここ200年で変質してきています。
世界各地で、男性上位であることに激しい攻撃がなされるようになりました。
これは1回目の記事で述べたように、工業化が原因です。
なぜ工業化が進むと男性上位社会が非難されるようになるのか?
次回、フェミニズムの歴史をたどりながら、詳しく考察していきます。
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