フェミニズムという現代思想を外側からながめるこの連載。
今回はフェミニズム運動の歴史を一気に概観します。
フェミニズムは具体的に何を要求してきたのか?
ウーマン・リブって、フェミニズムの歴史でどう位置づけられるのか?
現代のフェミニズム運動はどんな段階にあるのか?
こうした点を見ていきましょう。
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フェミニズムの要求5項目
まずフェミニズムが要求するものは何かという点から整理します。
フェミニズムは男性上位社会を攻撃し、女性の利益を訴えるものです。よって、男性上位社会の原因である
- 男のほうが稼ぐこと
- 政治が男の役割であること
- 家父長制
- 「女らしさ」が求められること
- 男性中心の考え方
という5項目に沿って、フェミニズムの要求も整理することができます。
1.女にも稼がせろ
ひとつめの要求は、男と同等かそれ以上に女にも稼がせろ、というものです。
前回の記事でみたように、工業化によって女性も単独の収入源を得るようになりました。しかし、それまで数千年と、稼ぐ主体は男でした。なので人間社会は女が稼ぐようにはできていなかったのです。
フェミニズムはまずこうした「女が男並みに稼げない」社会の仕組みを変えろ、と要求しました。
具体的には、
- 雇用・賃金を平等に(雇用機会均等、賃金格差の是正…)
- 女性にも高等教育を(男女共学、女子校の創設、医学部などへの入学許可…)
- 子どもをもつことの不利益を改善しろ(避妊・中絶の推進、出産・育児休暇、再就職の自由、保育所の充実…)
という3つです。
女性のためのピルの本 改訂版/幻冬舎メディアコンサルティング/佐藤力
2.政治にも参加させろ
ふたつめの要求は、女性にも政治に参加させろ、というものです。
フェミニズムという思想・運動が出てきた19世紀の欧米社会では、すでに政治の実権は資本家が握っていました。
これは資本主義が発達したからで、21世紀の現代では世界全体がそうです。
ただ工業化の進展とともに、労働者階級の声も無視できなくなったため、金持ちだけが投票できるという制限選挙から、徐々に普通選挙に切り替わっていく、ちょうどそんな時代でした。
この普通選挙が「成人男性のみ」だったことに、フェミニズムは反発します。
女性も稼いでるんだから、政治にも関わるべきだろう。これがフェミニズムの要求でした。具体的には
- 女性にも参政権を(選挙権、被選挙権…)
- もっと女性の声を反映しろ(集会・結社への参加の自由、女性議員の増加…)
という2つです。
3.家庭でも対等にさせろ
みっつめの要求は、家父長制に対する反発です。
家父長制とは前々回の記事でも見たように、家の代表者は男であり、女・子どもは男の管理下にあるという制度です。
つまり家の財産は男のもの、離婚できるのも男のほうからだけ、そして男は女・子どもを支配できるという制度でした。
単独の収入源を得はじめた女が、これに我慢できないのは当たり前です。
よって、フェミニズムは家父長制の廃止を要求していきました。具体的には
- 家庭でも男と同じ権利を(財産権、離婚の権利、子どもをもつか決める権利、婚外子の権利…)
- 男の暴力反対(裁判所で妻の発言も有効と認めろ、禁酒法、DV禁止法…)
という2つです。
(ちなみに、後述する社会主義フェミニズムでは、結婚制度そのものを無くそうという主張もあります)
4.女よ、「女らしさ」を求めるな
よっつめの要求は、男ではなく女に向けられたものです。
それは「わたしたちは女らしさに縛られてはいけない」というメッセージでした。
これも前々回の記事で見たように、女らしさとは元々、服従の地位のなかで逆に男を裏から支配するために女が利用してきたものです。
そういう逆説的な支配をしようとするから、いつまでたっても女は男に服従したままなんだ。男の理想像を演じるのはもうやめよう、ブラジャーを焼こう、積極的に処女を捨てよう、抱かれる女から抱く女へ……。
こうした主張は1960年代以降だけのこと、と思われがちですが、ウスルトンクラフトの要求にもあったように、実はフェミニズム誕生当初からずっとありました。つまり、
- 女性解放(ウーマン・リブ)
- 性を売り物にするな
この2つもまた、フェミニズムの基本的な要求のなかに含まれます。
5.男の物差しを押しつけるな
最後の要求は、男性中心の価値観(神話・宗教・道徳・習慣)を押しつけるな、というものです。
これはつまり今日でいう「ジェンダー論」で、男目線で語られ定着してきたいろんな価値観を批判し、解体することを目的とします。具体的にジェンダー論が批判するものとしては、
- 性別役割分担(良妻賢母、家事や育児の負担…)
- 性差は生まれつきという主張(フロイト心理学、父性と母性…)
- 既存の学問の男性中心的価値観(文学、哲学、歴史学、法学…)
などです。
以上5つ、
- 女にも稼がせろ
- 政治にも参加させろ
- 家庭でも対等にさせろ
- 「女らしさ」を求めるな
- 男の物差しを押しつけるな
この5項目がフェミニズムの要求一覧です。
では、こうした要求をもつフェミニズム運動はどのように展開してきたのか。
次に19世紀から21世紀までのフェミニズムの歴史を見ていきましょう。
フェミニズム運動の歴史
フェミニズムの歴史は
- 興隆期(1820-1870)
- 最盛期(1870-1930)
- 沈滞期(1930-1960)
- 現代~(1960-)
という4つに分けるとわかりやすいです。
以下、「第一波」「第二波」という区分ではなく、4つの時期で、それぞれのフェミニズム運動の特徴を説明していきます。
興隆期(1820-1870)
フェミニズムという運動が最初に盛り上がりをみせたのは、19世紀半ばごろ、国でいうとイギリス・フランス・アメリカでした。
この3国がこの時期に、世界で最初に工業化を果たしたからです。
1820-1870年の興隆期の特徴としては、フェミニズムの要求が百花繚乱のように出てきたこと。またその反動として、良妻賢母思想や「女らしさ」が強調されはじめたことです。
つまり、自活する女性の大量発生という人類史上初の事態にたいして、社会が変わるべきだというフェミニストと、そんな主張は逸脱だという保守主義者の対立。
現代までつづくこの構図が、19世紀に生まれたのでした。
また、この時期のフェミニズムは何か要求をひとつに絞るということがなかったので、主張も行動もバラバラでした。
それでもあえて大きく分けるなら、以下3つに分類できます。
○福音主義フェミニズム
おもに女性の保護を目的とする立場。売春婦の保護や少女買春への反対活動を行ったり、また禁酒を推進したりした(酒が男を暴力的にするから)。ジョセフィン・バトラー(イギリス)などが有名。
ちなみに20世紀後半以降になると、この伝統が反フェミニズム運動になる。
○社会主義フェミニズム
資本主義が女性抑圧の原因だと考える立場。伝統的な結婚制度を廃し家事・育児をみんなでおこなう共同体の創設(=サン・シモン主義)、男女間のあらゆる平等、貧しい女性への福祉の充実などを求めた。ジョルジュ・サンド(フランス)、フローラ・トリスタン(フランス)などが有名。
Wikipediaで「マルクス主義フェミニズム」と書かれているのもこの立場のひとつ。
○個人的権利を求めるフェミニズム
基本的人権の男女平等を求める立場。とくに財産権・参政権・教育を受ける権利など、女性の権利の法的な明記を求めて活動した。エリザベス・ケイディ・スタントン(アメリカ)、スーザン・ブローネル・アンソニー(アメリカ)などが有名。
Wikipediaでは「リベラル・フェミニズム」と説明されている。
最盛期(1870-1930)
こうして盛り上がってきたフェミニズム運動は、1870-1930年という約60年間で、ひとつの頂点を迎えます。
これはフェミニズムがこの時期、参政権運動と教育運動に的をしぼったからでした。
とくにイギリスとアメリカで、フェミニストたちは女性の参政権と女性の教育を受ける権利を求めて一致団結します。
その結果、大英帝国諸国やアメリカなどで次々と女性参政権が認められていきました。
- 1893年、ニュージーランド
- 1902年、オーストラリア
- 1918年、イギリス、オーストリア、ソ連
- 1920年、アメリカ
また教育においても、1869年にイギリスのエディンバラ大学医学部に初めて女子学生の入学が許されたのを機に、すこしずつ高等教育を受ける女性が増えていきました。
日本をはじめ、遅れて工業化した国々でフェミニズム運動が活発になったのもこの時期です。
たとえば1874年には東京女子師範学校が設立され、その前年には妻から離婚訴訟もできるようになりました。
また1911年には平塚らいてうたちが『青鞜』を創刊。らいてうは「元始女性は太陽であった」と書き、与謝野晶子は「山の動く日きたる」と書きました。(ちなみに「青鞜」とはイギリスのブルーストッキング・サークルの和訳)。
ただイギリスやアメリカとちがい、この時期の日本のフェミニズムは参政権・教育権に的を絞ったりしなかったので、現実の成果は多くありませんでした。
また明治・大正の女学校では良妻賢母教育が主導されたように、社会の大勢は反フェミニズムでした。
こうして、いわば社会全体の余裕から見過ごされてきたフェミニズム運動は、社会に余裕がなくなることによって急速にしぼんでゆきます。
沈滞期(1930-1960)
1930年から1960年にかけて、フェミニズムは約30年間の沈滞期を迎えます。
これは世界全体が二度にわたり、大量の男性失業者を抱えたためです。
一度目は1929年からはじまった世界恐慌によって。
二度目は第二次世界大戦後の大量復員によって。
「女にもっと稼がせろ」という主張は、男の失業者がたくさんいる状況では声を失うのです。
こうしてこの時期、女性は家庭へ戻りました。
とくに第二次大戦後、アメリカはじめ各国が失業者対策のために女を家庭に戻すプロパガンダを打ったため、女性の多くは「理想の主婦」をめざしてみずからを家庭へと閉じ込めるようになりました。
ちなみに「主婦」という言葉がひろく普及したのもこの頃です。
一戸建てのマイホーム。
夫は大企業のサラリーマン。
最新の電化製品で、掃除も洗濯もラクラク。
テレビでホームドラマやバラエティを観て。
休日は家族3人でレジャーにお出かけ。
なんて幸せな生活……。
こんなプロパガンダが世界中で広められたのが、1950年代でした。
現代(1960~)
1960年以降、先進諸国でふたたび社会に余裕が出てくると、フェミニズムはまた声を上げ始めます。
ここからがいわゆる「第二波フェミニズム」というやつですが、現代につづくフェミニズム運動には、おおきく分けて2つの潮流があります。
ひとつはウーマン・リブ(女性解放)。
もうひとつは女性の権利運動です。
かんたんにいうと、前者は「4.女らしさを求めるな」「5.男の物差しを押しつけるな」を声高に叫ぶもの。
後者は「1.女にも稼がせろ」「2.政治にも参加させろ」「3.家庭でも対等にさせろ」の要求をさらに徹底するものでした。
ウーマン・リブ(Women’s Liberation の略)は行動が過激で、マスコミにもよく取り上げられましたが、現実の成果という点ではほとんどありませんでした。
ただこのウーマン・リブの流れからジェンダー論が発達し、1970年代、1980年代と、多くの女性研究者が学問の世界に入っていきました。
だから今日、大学で「ジェンダー」と名のつく講義をする教授がいるのは、ウーマン・リブという現象の結果です。
ウーマン・リブが形のないものを叫んだいっぽうで、女性の権利運動は法的な男女平等をより追求し、1979年に国連の女子差別撤廃条約という形で結実します。
1981年に発行したこの女子差別撤廃条約では、あらゆる女性差別を撤廃すると宣言し、そのための義務を締約国に課します。
とくに教育の差別撤廃や、同一の雇用機会と同一賃金、育児休暇の確保と雇用の維持、妊娠や出産を理由とした解雇の禁止、結婚の有無にもとづく差別の禁止など、細部にわたる条文が明記されました。
この女子差別撤廃条約にもとづく国内法改正が、日本における男女雇用機会均等法(1985)と、男女共同参画社会基本法(1999)です。
つまり21世紀の現代日本社会で、法的な男女平等が(ほぼ)実現されたのは、ウーマン・リブの成果ではなく、女性の権利運動の成果なのです。極論すれば、上野千鶴子のおかげじゃなくて市川房江のおかげといえるでしょう。
以上がフェミニズム200年の歴史です。
フェミニズムの役割は終わったのか?
最後に、現代のフェミニズムはどんな段階にあるのか。
そして、フェミニズムはどんな役割を果たしたのか。
こうした点をみていきます。
フェミニズム運動は成功した
21世紀のいま、欧米はじめ先進諸国において、フェミニズムの要求はその多くが達成されています。
- 雇用・賃金を平等に(雇用機会均等、賃金格差の是正…)
- 女性にも高等教育を(男女共学、女子校の創設、医学部などへの入学許可…)
- 子どもをもつことの不利益を改善しろ(避妊・中絶の推進、出産・育児有給休暇、再就職の自由、保育所の充実…)
- 女性にも参政権を(選挙権、被選挙権…)
- もっと女性の声を反映しろ(集会・結社への参加の自由、女性議員の増加…)
- 家庭でも男と同じ権利を(財産権、離婚の権利、子どもをもつか決める権利、婚外子の権利…)
- 男の暴力反対(裁判所で妻の発言も有効と認めろ、禁酒法、DV禁止法…)
- 女性解放(ウーマン・リブ)
- 性を売り物にするな
- 性別役割分担をやめろ(良妻賢母、家事や育児の負担…)
- 性差は生まれつきじゃない(フロイト心理学、父性と母性…)
- 学問を男性中心主義から解き放て(文学、哲学、歴史学、法学…)
細かくみれば、まだ達成されていないものもあります。また4番目の主張は大衆の支持を得られないということがわかり、5番目の主張はいまだ議論されているところです。
それでも、おおざっぱに見て、フェミニズムはその主張をほぼ叶えた。
少なくとも先進諸国ではフェミニズム運動は成功したといっていいでしょう。
結果として、どうなった?
その結果、先進諸国では何が起こったか?
- 女性が高学歴となり
- また社会進出するようになり
- 未婚・離婚が増加しました。
つまり日本の女子の97%が高校進学し、57%が大学・短大へ進学するようになりました。
また25-44歳の女性の73%がなんらかの職について働くようになりました。
そして1970年に20%以下だった25-29歳女性の未婚率は、2015年には61%以上に。1970年には10組に1組だった離婚率が、2000年代以降は3組に1組となったのです。
これらがフェミニズムのもたらしたもの。
つまり女性の地位向上(エンパワーメント)によって起こった現象です。
さて。
読者の方はここまで読んで、気づきましたか?
フェミニズムは結果として少子化を志向するものであることに。
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フェミニズムは人口減少をもたらす
たとえば日本の合計特殊出生率は、ベビーブームの頃に4.32(1949年)でしたが、2018年には1.42まで低下しました。つまり女性一人あたり4人産んでたのが1~2人しか産まなくなりました。
ちなみにアメリカでも1955-1959年に3.7だったのが、1975-1980年にはすでに1.8まで減少しています。
女性の地位が向上すると出生率は低下する。これ、人口学では常識なんだそうです。
そりゃそうですね。
女性が金を稼ぐうえで、子どもという存在はマイナスだから。
女性が政治活動をするうえで、結婚・子育てもマイナスだから。
家庭で女性の発言権が高まれば、出産のリスクは避けられるようになり、逆に離婚は増加するから。
女らしさが失われると、男は女に欲情しなくなるから。
男の物差しは根源的に「おれの遺伝子をいっぱい残したい」という欲求だから、それが否定されれば子孫は減るから。
もういちど言います。
フェミニズムとは人口減少をもたらす思想・運動なんです。
次回以降、この話をもっとつっこんで考察します。
フェミニズムが人口減少をもたらす要因であることの証拠…。
すでに1994年の国連の国際人口開発会議で「フェミニズムが人口抑制につながる」という前提のもと行動計画が立てられていること…。
生物学からみた、人類にとってのフェミニズム思想の意味…。
「少子化は悪いことだ」などという国家主義的な狭い考え方の人は読まないでください。
べき論じゃない、思想史の人類史的意味みたいなものが好きな方だけ、お付き合いいただければと思います。
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